今年の稲は…

2020年8月22日

今年の夏は、どうもおかしなことばかりだ。

わしの田んぼの稲が、穂先からうっすらと赤く色づき始めた。こんなことは80年生きてきて初めてだ。役場は「土の鉄分のせい」などと言っておるが、わしにはそうは思えん。土の匂いが、違うのだ。いつもの土の匂いに、何か鉄錆のような、血のような匂いが混じっておる。まるで、土が熱を出しているようだ。

夜になると、どこからともなく「ブーン」という低い音も聞こえてくる。虫の音でも、風の音でもない。腹の底に響くような、気色の悪い音だ。神社のほうから聞こえてくるような気もするが、定かではない。

村の衆は、奉納祭が近いからだと浮き足立っておる。「禍ツ神様がお喜びになっている証拠だ」などと、村長は朝礼で言っていた。だが、わしには、何かもっと良くないことの前触れのように思えてならん。神様は、そんな風には喜ばん。

さやかさんのところの坊主が、最近わしの畑に来なくなった。前は毎日のように顔を出していたのに。さやかさんも、どこか思い詰めたような顔をしておる。何かあったのかと聞いても、「なんでもないです」と力なく笑うだけだ。あの笑顔は、見ていて辛い。

まあ、年寄りの戯言か。わしにできることは、いつも通り、土と向き合うことだけだ。

赤みがかった稲穂の写真
写真では分かりづらいが、確かに赤みを帯びている。不吉な色だ。