父・義之が記録を残してから八年が経った。 父は昭和二十八年に他界し、私が村長を継いだ。 父の遺言は、「蔵の記録を守れ」というただ一言であった。
昭和三十一年の秋、再び「星の光」が目撃された。 父の記録にある通り、████山の方角から降り注ぐ光であった。 私は直ちに、古老の孫である████氏に連絡を取った。
氏は言った。「準備が必要です。今年の奉納祭は、特別なものにしなければなりません。」
しかし、準備が整う前に、事件は起きた。
十一月三日の朝、村の北端に住む七世帯・二十三名が、 一夜のうちに消息を絶った。 家には食事の途中の食器が残されており、 布団は使われた形跡があった。 しかし、人間の姿は、どこにもなかった。
警察が捜索に来たが、何も見つからなかった。 私は、捜索が打ち切られた後、単独で████山に登った。 山頂の円形の窪みには、新しい禍ツ神文字が刻まれていた。
私には、その文字を読む力がなかった。
しかし、████氏は読めた。
氏は文字を見て、長い沈黙の後、こう言った。
「神様は、怒っておられます。
正しい儀式を行わなかったから。
二十三人は、神様のもとへ行きました。
次の降臨までに、正しい儀式を学ばなければなりません。」
氏は、その後、禍ツ神文字の解読に生涯を捧げた。 そして、昭和四十七年に、儀式の全容が明らかになった。 それは、第三巻に記録されている。
失踪した二十三名の家族は、村を離れることを望んだ。 しかし、氏は言った。「離れてはなりません。神様は、逃げた者を許しません。」 家族たちは、村に留まった。
今思えば、それが正しかったのかどうか、私には分からない。
── 大森義雄、記す