黄泉戸村蔵 ── 内部保管文書 第七番
田中一郎議員 内部告発文書
作成者:田中一郎(黄泉戸村議会議員)
作成日:令和2年10月31日
分類:機密 / 要処分
※ この文書は役場総務課により「処分済み」とされていたが、蔵の奥から発見された。

私、田中一郎は、黄泉戸村議会議員として、村に起きている事態を記録し、 外部機関への告発を試みるため、この文書を作成する。

証拠 A:奉納祭の「真の目的」に関する記録

令和2年9月の村議会臨時会議において、村長・黒川義孝および神主・橘宗一郎より、 奉納祭の「真の目的」について説明を受けた。

その内容は以下の通りである:

  • 奉納祭は「魂の収穫」を目的とする儀式である
  • 参加者全員(397名)の魂が「禍ツ神」に捧げられる
  • 参加者は儀式後、肉体的に消滅する
  • この事実は村民に知らされていない
  • 百年前(大正9年)にも同様の儀式が行われ、当時の村民全員が消滅した
  • 現在の村民は、その後に移住した者の子孫である

私はこの説明を聞いて、即座に反対を表明した。 しかし、村長と神主は「これは百年前から続く契約であり、変更できない」と述べた。 川島正一議員は「村の伝統を守るべきだ」と私を批判した。

証拠 B:村民への情報隠蔽に関する証拠

村長は、奉納祭の案内文に意図的に虚偽の情報を記載した。 「神様への感謝を捧げる祭り」という説明は、真実ではない。

また、村外への連絡手段(電話・インターネット・道路)が、 奉納祭の一週間前から段階的に制限されていることを確認した。

10月28日:村の唯一の幹線道路(県道247号)が「道路工事」名目で通行止めになった。
10月29日:村内の固定電話が「回線工事」名目で一時停止になった。
10月30日:村内のインターネット回線が著しく低速になった(外部への通信が制限されている可能性)。

※ 上記について、私は自分のスマートフォンで外部に連絡を試みたが、 電波が届かない状態が続いている。山に囲まれた地形のためか、 それとも意図的に妨害されているのか、判断できない。 このメモを書いている今も、電波は圏外のままだ。
証拠 C:過去の「収穫」に関する記録(蔵の文書より)

蔵の「禍ツ神降臨記録 第一巻」(昭和23年記録)によれば、 大正9年(1920年)11月15日に行われた奉納祭において、 当時の黄泉戸村民全員(推定380名)が「消滅」した。

その後、昭和初期に外部から移住者を招き、現在の黄泉戸村が形成された。 移住者には「この村は豊かな自然に恵まれた場所だ」と説明されたが、 百年後の「収穫」については知らされなかった。

つまり、現在の村民は「収穫のために育てられた」存在である。

私は、この事実を外部に知らせるため、あらゆる手段を試みた。 しかし、村から出る方法がない。道路は封鎖され、通信は制限されている。

最後の手段として、私はこの文書を蔵に隠すことにした。 もし誰かがこの村を調査するなら、蔵を探してほしい。

証拠 D:村長・黒川義孝の発言記録

令和2年10月31日、私が村長室を訪問した際、黒川村長は以下のように述べた:

「田中さん、あなたは賢い人だ。だから、真実を知ってしまった。
でも、知ったからといって、どうにもならない。
私も、父から聞かされた時は同じように反発した。
でも、禍ツ神の声を聞いた時、わかったんだ。
これは『祝福』なんだと。
あなたも、いつかわかる。」

私はこの発言に強い違和感を覚えた。 村長は「洗脳」されているか、あるいは何らかの精神的影響を受けている可能性がある。

私の娘・田中さやかと孫・田中ひなが、この村にいる。 さやかは奉納祭に積極的に参加しようとしている。 ひなは「花捧げ役」に選ばれたと喜んでいる。

私は二人を守りたい。しかし、どうすればいいのかわからない。 村から逃げることも、外部に連絡することも、できない。

未解決

もし、この文書を読んでいる人がいるなら—— 田中さやかと田中ひなを探してください。 令和2年11月15日以降、彼女たちの消息が不明になっているはずです。

そして、黄泉戸村に何が起きたのかを、世界に伝えてください。

※ この文書の後、田中一郎議員の消息は不明。
※ 令和2年11月1日以降、議会への出席記録なし。
※ 役場の記録では「体調不良により欠席」とされている。
※ 議員の自宅は施錠されたまま、現在も無人。

村長の挨拶文を縦に読むと「よみがえれ」。これは扉の言葉ではない。村長が最後に残した願いだ。 扉の言葉は広報にある。村長が最初に書いた挨拶と、季節を告げる欄。 二つを合わせれば最後の扉が開く。だが、開かないほうがいい。

← 第六番へ 蔵に戻る 第八番へ →