北県日報・地域面スクラップ(令和3〜8年)HOKKEN DAILY / LOCAL EDITION CLIPPINGS 2021-2026

資料番号:AF-003/令和3年4月〜令和8年6月縮刷版照合
資料提供
北県日報・縮刷版資料室(紙面およびウェブ配信版)
対象
北部山間部の旧村に関する記事 5件(令和3年4月〜令和8年6月)
追加
令和8年9月30日 00:00(追加者:―)
備考
最後の記事より後の日付に、まとめて追加された形になっている。

令和2年11月の紙面(O-004)では、村の名前が版を重ねるごとに削られていきました。令和3年以降の記事は、多くが村名を伏せ、「北部山間部の旧村」と書いています。

記事 1/5

北県日報令和3年4月1日(木)朝刊 社会面

掲載面:社会面 第3面 日付:令和3年4月1日 縮刷版:4月号 p.27

県が報告書「原因特定できず」北部山間部の旧村 事件性は認められず

県は3月31日、北部山間部の旧村で昨年11月に住民の所在が分からなくなった事案について、調査報告書(概要版)をまとめた。県のホームページには載せず、関係機関と報道各社に配布した。

報告書は、原因について「特定できない」と結論づけた。県警が2月に捜査を終え、事件性は認められなかったことも記した。大学の観測で指摘された電磁波との関連は「確認されない」とした。

所在不明者の数は黒塗りで、県の担当者は「関係機関で集計が一致していない」と説明した。立ち入りの制限と県道の通行止めは続く。旧村の行政区画上の扱いは「別途検討」とした。

記事 2/5

北県日報令和3年11月16日(火)朝刊 地域面

掲載面:地域面 第2面 日付:令和3年11月16日 縮刷版:11月号 p.318

あれから一年 道は今も閉ざされたまま北部山間部の旧村

県道247号を北へ走り、山あいに入ってしばらくすると、道をふさぐゲートが見えてくる。「通行止め」の看板は風雨で色があせているが、ゲートだけが真新しい。脇にある監視所に人影はなく、窓は暗いままだった。

旧村では昨年の11月15日から16日にかけて、住民の所在が分からなくなった。県は一年がたった今も、原因を特定できていない。

「毎年この日は、ゲートの手前まで来て手を合わせています。帰ってこないと決まったわけではないので、花は持ってきません」
――村外に住む親族の女性(60代)

記事 3/5

北県日報令和5年11月15日(水)ウェブ配信版 地域面(短信)

掲載面:地域面(短信) 日付:令和5年11月15日 縮刷版:11月16日朝刊 p.24に同旨

北部山間部で夜間の発光 問い合わせ相次ぐ

15日夜、北部山間部の方向の空が白く光ったとする問い合わせが、午後11時ごろから県や県警に10件余り寄せられた。

県は「発光は確認していない。気象や天体の影響も確認されていない」としている。該当する方向は、立ち入りが制限されている区域にあたる。

記事 4/5

北県日報令和7年11月16日(日)朝刊 社会面

掲載面:社会面 第2面 日付:令和7年11月16日 縮刷版:11月号 p.296

五年 慰霊の動きなく旧村の所在不明者

北部山間部の旧村で住民の所在が分からなくなってから、16日で5年となった。慰霊を目的とした行事は、今年も確認されなかった。

県は「所在不明者の扱いが定まっておらず、県として慰霊を主催する立場にない」としている。立ち入りの制限と県道247号の通行止めは、現在も続いている。

ウェブ版の表示:この記事は削除されました。
配信日時:令和7年11月16日 05:10/削除日時:記録なし/削除指示者:記録なし

記事 5/5

北県日報令和8年6月14日(日)朝刊 生活・文化面

掲載面:生活・文化面 第14面 日付:令和8年6月14日 縮刷版:6月号 p.201

ネットで「消えた村のサイト」話題に 県「関知せず」閲覧できる状態が続く

北部山間部の旧村の公式サイトとされるページが、いまも閲覧できる状態にあるとして、インターネット上で話題になっている。ページは令和2年11月を最後に更新されていないとされるが、リンクが切れることなく残り、掲示板には閲覧者とみられる書き込みが続いている。

サイトには、県の調査報告書の写しとみられる資料も置かれている。県の担当者は「当室が掲載した事実はない。サイトは県が管理するものではなく、関知しない」と話した。旧村の管理者とは連絡が取れていないという。

本紙は、サイトの管理者への取材を試みたが、連絡先は確認できなかった。

スクラップ作成者:不明

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