橘家・神職系譜および奉仕年表TACHIBANA LINEAGE / SERVICE CHRONICLE

資料番号:S-001/社務所旧簿・複写閲覧許可済
資料名
黄泉戸神社 神職奉仕簿・橘家綴
作成年代
大正8年〜令和2年(複数綴を照合)
特記事項
大正9年および令和2年のページに同一の訂正印あり
保存状態
原簿の一部が煤けており、年号・奉仕者名に欠落あり

系譜の概要

公開されている由緒では、黄泉戸神社は昭和45年に御神体降臨を受けて創建され、橘家が初代神職を務めたとされています。しかし社務所の古い奉仕簿には、同じ姓の者が大正期から「山守」「夜間奉仕者」として記録されていました。記録上の肩書は変わっても、収穫の前年に橘家の当主が「特別奉仕」へ任じられる慣行は一度も途切れていません。

橘 宗太郎 — 山守・祭祀補佐として初出。翌年の欄に「夜間の名を数える役」と朱書きがある。
表向きの役目:山林境界の管理および山神祭補佐。
橘 宗太郎 — 「第零収蔵庫監守」に任命。村の人口台帳が0名となった翌日も、奉仕簿だけは更新されている。
余白:『祈りは終わった。数だけ残せ。』
古い写真。杉林の小さな社の前に、神職の装束の男性が後ろ向きに立っている。
大正期の写真(複写)。人物名の記載なし。
橘 宗一郎 — 御神体降臨後、黄泉戸神社の初代宮司として公的に登録。宗太郎の孫と記載。
創建届の添付図面には、地下収蔵庫の記載がない。
橘 宗一郎 — 降臨から70年目。「特別奉仕者会議」の議長を務める。議事録は所在不明。
橘 宗一郎 — 第十七代当主。宮司として奉仕。
以後の奉仕簿は白紙。押印のみ残る。
橘 信吾 — 禰宜。宗一郎の孫。奉納祭実行委員会の顧問。11月15日23時00分、放送予定表の最終承認者。
照合項目大正9年令和2年
特別奉仕者橘 宗太郎橘 宗一郎
人口台帳翌日0名翌日0名
収蔵庫管理番号第零収蔵庫0-397
訂正印円形・三重線円形・三重線
資料館照合注記:橘家が神職になったのは御神体降臨後、という公式説明は不正確です。橘家は少なくとも一度前の収穫から、村外との境界を管理する役を負っていました。昭和45年の「降臨」は創建ではなく、既存の仕組みを神社の制度として表面化させた出来事だった可能性があります。

祖父は「神主」ではなかった。
門を閉める人だった。
――橘家資料の鉛筆書き。

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